男の子がいる家庭ではこどもの日が近くなると昔はこいのぼりが空を泳ぐ姿をよく見かけた
ものですが最近ではお正月の凧揚げ同様に私の住む地域でもほとんど見かけなくなってしまい
ました。文化や習慣というのはその時代により変化をしていくものなのですが何か少しだけ
寂しいような気もしないではないのですが初節句を迎える親御さんにとっては少しだけ助かる
お話なのかも知れません。
こどもの日のこいのぼりの由来とは
現代社会のようにテレビや映像で情報発信といったことがなかった時代、流行というものは
ほとんどの場合、宮中で行われる行事が武家社会に伝承され一般の人へ広がっていくという
形で文化や習慣が伝わることが多かったようです。
端午の節句も然りで、古代の中国発祥の厄祓い行事でした。
平安時代に端午の節会という宮中行事があったようです。
「端」というのは初めのという意味で、端午は月の初めの午(うま)の日のことで
五月に限られていなかったようです。
それがやがて、五月が十二支でいう午の月だったり、「午(ご)の日」が「五の日」に
通じること、奇数が重なっておめでたい重五の日でもあったため
「午の月の端の午の日」=端午といえば五月五日をさすようになりました。
宮中でも病気や災厄の祓いは大事な行事でこの時期に盛りを迎える香り高い菖蒲や
蓬(よもぎ)が邪気を祓うとされ蓬で作った人形を軒に飾ったり菖蒲酒を飲んだり
菖蒲湯に浸かって邪気祓いをしていました。
田植えも5月の頃に行われていたのですがこれに端午の節句の厄払いが結びついて行った
ようです。
田植えは不浄の無い若い清らかな女性の仕事や行事であると考えられ菖蒲や蓬で屋根を
葺いた小屋に前夜からこもっては菖蒲酒などで穢れを祓い、神聖な存在になってから
田植えに臨むようになっていったそうです。
武家社会、江戸時代の頃になると武士の力がより一層強くなり「菖蒲」が武を
たっとぶ「尚武」や「勝負」に通じ、葉っぱの形が剣に似ていることから、
兜に菖蒲を飾ったりするようになり将軍に男子が生まれると家紋のついた旗やのぼりを
立てて祝う風習が生まれやがてこれが一般の武家に広がり男の子が生まれた印として
幟を立てるようになります。
その後、江戸庶民の間で鯉の滝登りで立身出世のシンボルとなった鯉を幟にするアイデア
が生まれて武家の幟に対して町人の間ではこいのぼりが揚げられるようになりました。
昔は乳幼児の死亡率が高かったため、生まれた子供の健やかな成長を祈る気持ちの表れ
でもあったようです。
こどもの日にこいのぼりのキャラ弁を作ってお祝いをする
こどもの日のこいのぼりをキャラ弁にする動画です。
時間の無い方でもスーパーなどの巻き寿司を使って簡単にキャラ弁を作ることも
出来ますし稲荷ずしを裏返して包んである揚げを開いてご飯の部分に飾りつけ
などをしても簡単にこいのぼりのキャラ弁やお寿司を作ることも出来て何よりも
お子さんが喜んでくれることでしょう!
こどもの日のこいのぼりを折り紙で作ってみる
こいのぼりの折り紙での折り方や作り方の動画です。
箸袋にもなるためこどもの日の当日にお弁当を持参で近くのイベントなどに出かけても
楽しいのではないでしょうか?
ウィンナー双生児に切り込みを入れて目をつけて串に刺して飾ればこいのぼりが出来たり
します。楽しみながらやってみるのがポイントです。