土用の丑の日今年はいつ?うなぎを食べる理由と由来について!

2015年、今年は夏の土用の丑の日は7月24日(金)と8月5日(水)の2回

になっています。

去年は1回だけで二の丑の日はありませんでした。

土用の丑の日にうなぎを食べるようになった理由や由来についてまとめてみました。

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土用の丑の日 今年はいつ?

今年の土用の丑の日は7月24日(金)と8月5日(水)の2回あります。

実はあまり話題にならないのですが土用の丑の日は夏の時期だけでなく春夏秋冬の

すべての時期にあります。

ちなみに2015年の土用の丑の日は

冬 1月13日(火)、1月25日(日)
春 4月19日(日)
夏 7月24日(金)、8月5日(水)
秋 10月28日(土)です。

うなぎで大騒ぎになるのは夏の土用の丑の日でその年によって回数が違い平均で1.57日、

年に平均で6日間あり夏の土用丑の1回目、2回目を一の丑、二の丑の日と呼びます。

来年、2016年は夏の土用の丑の日は7月30日の1回だけです。

土用の丑の日の由来

土用とは古代中国の自然哲学である五行思想

(全てのものは木、火、土、金、水の 5 種類から成り立っている)というもので

季節なら春は木、夏は火、秋は金、冬は水に振り分け、余った土は季節の変わり目として

各季節の終わりの約18日間を割り当てたようです。

この18日の期間を土用といい、年に4回巡ってきます。

丑の日は、十二支を1日ずつ順番に割り振ったもので、12日で一巡します。

土用の期間に巡ってきた丑の日が「土用丑の日」なので、土用の間に2回あることも

あります。

土用は四季の中でも、暑さや寒さの厳しい時期だったり季節の変わり目になることから

丑の日は災難が多いとされ、丑の「う」のつく食べ物や、丑の方角「北」を守護する

玄武の色にちなんで黒いものを食べると良いとされる風習があったようです。

土用の丑の日にうなぎを食べる理由

うなぎが食べられるようになった歴史は古くての歴史は非常に古く、縄文時代

貝塚遺跡からもうなぎの骨が出土したのが報告されています。

文字として登場したのは奈良時代の万葉集に「武奈伎(むなぎ)」と書かれたのが初で

ウナギの古称であり語源なのかも知れません。

土用の丑の日にうなぎを食べるようになった理由はいくつかあるようです。

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平賀源内説が最も有力とされています。

江戸時代中頃に活躍したエレキテルの発明でも有名な平賀源内にうなぎ屋さんから

夏になると売り上げが落ち商売にならないうなぎを売る方法はないかと相談があり

その時に「本日丑の日」と書いて店先に貼ること勧めたそうでやってみると商売は

大繁盛しそれをみた他のうなぎ屋さんも真似るようになりそれ以降、夏の土用の丑の日

にはうなぎを食べる習慣が定着したという話が最も良く知られる由来のようです。

店先に「本日丑の日」と張り紙をしただけでなぜ商売繁盛につながったのかというと

当時の背景として丑の日に「う」から始まる食べ物を食べると夏負けしないという風習

があり食べ物としての旬が秋から冬にかけてのうなぎもその条件を満たすことが出来た。

土用の丑の日にうなぎ以外だと牛(牛肉)、馬(馬肉)、うさぎ、うどん、梅干し、瓜を

食べる習慣があったようです。

他にも

春木屋善兵衛説

土用に入って大量の蒲焼の注文を受けた鰻屋、春木屋善兵衛が、子の日、丑の日、寅の日

の3日間で分けて作り土甕に入れて保存しておいたところ、丑の日に作った物だけが

悪くなっていなかったからという説。

蜀山人説

神田川と言ううなぎ屋に相談をもちかけられた蜀山人(大田南畝)が、

「丑の日に鰻を食べると薬になる」という内容の狂歌をキャッチコピーとして考え出して

宣伝したら大繁盛してそれが風習となったとする説。

うなぎが一般庶民にも食べられるようになったのは、江戸元禄以降のことでうなぎ、

どじょう、鮨、天ぷらなど多くの料理の基礎が確立されその中でも人気の高い料理

うなぎだったようです。

まとめ

本でうなぎが食べられ始めた歴史は古くからあり縄文時代の貝塚などからも

うなぎの骨が出土している。

土用の丑の日というのは中国より伝わった陰陽五行説がもとになっていてうなぎを

一般庶民でも食べるようになった江戸時代には土用の丑の日にうの付く食べ物を食べる

習慣があり夏の時期に夏負けしないようにうの付く食べ物、うなぎがピッタリマッチ

することが出来た。

爆発的に風習として広まったのは諸説あるが平賀源内の説が有力とされている。

うなぎはかなり高額でなかなか口にできないですが古来からの風習として食べ物と

時期が結びつく形の中ではかなり浸透している風習でもあります。

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